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TEPPENに辿り着くまで

手越さんとNEWSについてゆるい中堅ヲタが考察するぶろぐ ついったー→@rei_news_99

QUARTETTO考察:何故I・ZA・NA・I・ZU・KIの映像は成立出来ているのか


この記事にはQUARTETTOのネタバレが多大に含まれています。未購入、未視聴の方の閲覧はオススメ致しません。







ドームを一回観ただけで、I・ZA・NA・I・ZU・KIの記事を書かなければならないと思った。其れ程までにQUARTETTOのI・ZA・NA・I・ZU・KIは私に感銘を与えたのである。。。

こんにちは!れいさんです。
皆さん、QUARTETTO、してますか?(※金曜ビビッドのテンションで)
今回も高クオリティの映像を観ることが出来て大満足ですよね~♪
かくいう私のお気に入りは、現時点では愛のエレジー~wonderの流れ。特にI・ZA・NA・I・ZU・KIには「そう来るかぁ~!」と吃驚してしまい、それまでテレビを観ながら振っていたペンライトを置いて、食い入るように映像を観てしまいました笑


だって、あれ顔が見えなくなる演出なんですよ?
顔はアイドルの命やぞ???それ見えなくしてどうする!?!?

しかし、このI・ZA・NA・I・ZU・KIは(私には)映像としてちゃんと成立している様に思える。顔が見えないことに対し、残念に思わないのは何故なんだろうか?( •́ㅿ•̀ )

そこで今回、この記事では「何故QUARTETTOのI・ZA・NA・I・ZU・KIは映像として成立しているのか」を簡単に少し考察してみたいと思います。(♡˙︶˙♡)

注:実際にコンサート会場で観るのと映像で観るのとでは印象が違うものなので、ここでは映像としての完成度にのみ注目する。

■ 結論

  1. 楽曲の世界観と演出の見事な融合
  2. 「顔が見えること」への異常性の付与
  3. 目新しい衣装&歌割り&ダン

(※ここからはQUARTETTOのI・ZA・NA・I・ZU・KIの顔が見える状態を「オン」、見えない状態を「オフ」として話を進めていきます。)

1.楽曲の世界観と演出の見事な融合

まずはこれ。世界観と演出がマッチしている。

様々な解釈があるとは思いますが、私はI・ZA・NA・I・ZU・KIを「月夜に隠れて駆け落ちする歌」だと思っています。従って、「月の光に照らされる危険」や「暗闇を抜けていく背徳感」の二面性のある歌だと思うんですね。
例えば、歌詞の随所に「Be silent」「静寂」「隠れて」「沈黙」「照らす月」「光」「暗闇」という言葉が散りばめられているように、「月光の明るさと月夜の暗さが対比された世界観」であると思うのです。そこで、QUARTETTOのI・ZA・NA・I・ZU・KIにおけるオンの状態が「月光に照らされている状態」、オフの状態が「月夜に隠れた状態」の演出であると考えることは容易です。

また、オフの状態の真っ暗闇の中で唯一光るあの衣装は、真夜中に唯一光る月の比喩であると考えることも出来ます。こう考えると、この演出ではあの衣装を着ているNEWS自体が「月」を表している気がしてきますね。
そう考えてみると、一方オンの状態でNEWSの顔が見えることは、まるで雲隠れしていた月が顔を出したような演出であると捉えられます。特に二番サビの「♪誰にも気づかれず」で手越さんが「しーっ」と口元に指を立てているのが、前述した月の光の危険さを際だたせているようでもあります。

以上のように、歌詞の世界観が演出を作り上げている点が、このI・ZA・NA・I・ZU・KIの面白いところ。
しかし、(ここから書くのは全くの感覚論なのですが)真に凄いのは、「演出も世界観を際だたせている」ということ。つまり、世界観と演出が相互作用を生み出しているという話。「歌詞の世界観→演出」だけではなくて、「歌詞の世界観⇄演出」であるということ。
このI・ZA・NA・I・ZU・KIにおいて、オンとオフが繰り返されることによって、(意識しない人には)意識されずらい歌詞が浮かび上がってくるのです。この演出があることで、聴き手に「この歌はこういう歌詞でこういう世界観だったな」と意識、再認識させている。つまり「演出→歌詞の世界観」という風に影響があるんですね。
従って、「歌詞の世界観⇄演出」という相互作用が生まれている。こ~れ~は中々すごいことだと思いますねェ!はァい!(言語化を諦めた)

まとめると、楽曲の世界観と演出が見事に融合しているからこそ、見応えがある、ということです。

2.「顔が見えること」への異常性の付与

見出しだけ見るとなんのことやらですよね笑

まず先に言っておきたいのは、この見出しのコトが成立しているのは、前述した「世界感と演出の融合」があるのが大前提だからとします。

オンとオフの状態と、それらが視聴者の心理に与える影響について比較をしていきたいと思います。

まずは衣装について。
オンの時点での衣装って、コンサートとしては普通の衣装では無いですよね。無地の白、詰め襟…まるで漫画に出てくる秘密機関の研究員のようでもあります。兎に角、普通コンサートでこのような衣装は見かけないことから、このオンの状態の衣装には「異常性」があるとしましょう。その異常性に、視聴者の心理にはある種の拒否反応が起こる。
一方でオフの時点での衣装は、発光していて、まるでLEDアートのような面白さがあります。

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人間って光るものが好きなんですって。
光るもの(おもちゃ、ガラス、星etc.)が好き。何故? - 心理学 締切済 | 教えて!goo
↑参考になるかどうか解りませんが、関連するページ
つまり、視聴者の心には「この衣装が発光しているところが見たい」という心理が生まれているはずなんですね。

次にオンオフの時間について。
トータルでいうと、オンの時間の方が長いんですよ。つまりそれは、オフの状態の希少性をアップさせるのです。ここでもまた、オフの状態を見たいという心理を生まれさせる。

最後に、歌詞とのリンクについて。
前述した通り、I・ZA・NA・I・ZU・KIは月夜に駆け落ちする歌であり、隠れて逃げ切りたい、見つからないで欲しいという、いわば「月の光に照らされることの危険性」があるんですね。
ということは、極端に言ってしまえば、この歌はオフの状態で顔が見えないことが、本来望ましいはずなのです。
演出により聴き手の心にしっかり歌詞が浮かんでくることによって、同時に聴き手の心に「見えないでほしい(見つからないでほしい)」という心理が生まれているのです。従って、オフの状態にある種の安心感が生まれる。

以上三点をまとめると、オンの状態には異常性(オフの状態には希少性)が付与されているのです。そして、無意識のレベルでオフを求めていることにより、オフを拒否―つまり残念に思うことが無くなるという訳です。
そのため、顔が見えなくても映像が成立しているのではないかと私は考えます。

☆補足
前述した通り、オンには異常性がある。つまりそれは、見えることへの危険性、簡単に言ってしまえばドキドキのこと…吊り橋効果みたいなものがあるのである…!
ここで、二番サビのオンオフの繰り返しに着目してみたい。
例 暗闇の中から一瞬現れ、口元に指をあてる手越さん→私「ズキュゥウーーン!!!」

こうなる(?)

3.目新しい衣装&歌割り&ダン

言わんでもわかることですが、色々目新しくて飽きさせない。もしかしたら初見じゃあない人の方が、このI・ZA・NA・I・ZU・KIは面白いのかもしれないね!

まず衣装。見るからに面白い。まっすー天才。完。

次に歌割り!
ざっと歌割り等々整理するとこうなります↓(括弧の中身はライトの状態)

頭サビ 増田(中間)
間奏  アレンジ(オフ)
一番AB 小山(オン)
サビ  手越(オン)
二番A  シゲ(オフ)
♪くっちづっけを~(オン)
♪儚げに  (オフ)
Bメロ  手越(オン)
サビ  全員(オフ)
♪Be Silent (オン)
      (オフ)
♪恐れずに (オン)
      (オフ)
♪Be Silent (オン)
      (オフ)
♪ジャスキャンゲラウェイ(オン)
間奏    (オフ)
Cメロ テゴマス(中間)
大サビ入り コヤシゲ(オン)
2フレーズ目 全員(オフ)※ダンスIN
ラスト 全員(オン)

と、このように従来のげらうぇいとは結構異なる歌割りとなっています。従来のが今一思い出せない方は、アルバム聴くか美恋魂を観るかしてくれたまへ。
特に大サビの入りがコヤシゲの声で始まるのには感動を覚えた。(※筆者の記憶力が悪いだけで美恋魂でも同じ歌割りです)コヤシゲが大サビなんですよ???もう一回言います、コヤシゲが大サビなんですよ?????(うるさい)
加えて何よりも、私は一番ABメロが完全に小山さんのターンになっていて度肝を抜かれた。だって、小山さんがBメロを歌う声が聞こえる直前まで、私の脳内には手越さんの「かぁなぁしぃくもぉ~」って声が聞こえてたんですよ!?!?予想裏切りすぎやろ!!!好き!!!小山さんの歌声を堪能させてくれてありがとう!全国の小山担おめでとう!!!(?)

そして着目したいのは新しく追加されたダンス。しかもラストだけ。衣装のオンオフ演出がマンネリ化しそうになったところで持ってくるのは上手いなぁと思いました。

とにもかくにも、このI・ZA・NA・I・ZU・KIは飽きさせない内容になっている。 


■まとめ

QUARTETTOのI・ZA・NA・I・ZU・KIは世界観と演出が融合していることや、目新しい演出が多いことから飽きさせない、また、「見えること」への異常性の付与が起きている映像となっている。従って、顔が見えなくても残念感が無く、映像としてしっかり成立している。



さて、今日は帰ったら少プレとアリーナを観るぞぉ~!٩(๑>∀<๑)۶

まぁ、そんなにべた褒めするI・ZA・NA・I・ZU・KIって何やねんと気になった未視聴の方は、今すぐ店頭へgoしてくれたまへ。